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伸晃氏「よく闘い、頑張った」、良純氏「僕らも頑張っていかなければ」、宏高氏「目指すべき政治家の先輩」、延啓氏「安らかに息を引き取ってくれた」…“石原四兄弟”が揃ってコメント

作家で元国会議員、元東京都知事の石原慎太郎氏が亡くなったことを受け、伸晃氏ら四人の子息が揃って取材に応じた。石原氏の最後を看取ったという四男の延啓氏からは、その際の様子も語られた。

長男・石原伸晃氏「膵臓がんを患っておりまして、本当によく闘い、頑張ったんですが、昨年の10月に再発いたしまして、本日に至ったところでございます。12月には短編小説を取りまとめまして、大変いい上下巻の本ができあがって、喜んで“これが俺の遺作だな”と、そんなことを話しておりましたが、その後も、実は先週まで執筆活動を続けておりました、これが最後になりますが、3冊出版されます。都知事など政治家としての経験が長い父ではありますが、最後まで、作家として仕事をやり遂げたと思います」。

次男・石原良純氏「まず初めに、石原慎太郎ファンの皆さま、作品を愛してくださった皆さま、そして政治家として一緒に戦って応援してくださった皆さま、それを支えてくれたスタッフの皆さま、晩年、介護・闘病の時期に、非常にわがままな父を頑張って面倒を見てくださった皆さまに、お礼と、ご報告したいと思います。

僕は石原慎太郎という人は作家だと思っておりましたが、本当に体が動かなくなっても、1時間、2時間とワープロに向かて文字を打ち続ける姿は、まさしく文学者なんだなと。その分、家庭人というか、父親としてはかなりユニークだった人だったと思います。僕らが言うのもなんですが、一つの時代を築いた父でありましたが、いなくなった後は、より僕らも頑張っていかなければならないと思っています」。

三男・宏高氏「私にとっては素晴らしい助言をしてくれる父であり、なかなか到達できない、目指すべき政治家の先輩でした。学生時代に励まされたのは、素晴らしいと尊敬していたので、悩むことなんかないんじゃないかな、将来のことも計画してるんじゃないかなと思っていましたが、“そんなことないよ宏高、俺も今を一生懸命に生きてるんだ、お前も頑張れ”と温かいアドバイスをしていただいたことです。父をを目指して頑張っていきたいと思います。

四男・延啓氏「今朝、今までと様子が違うという連絡を受けて駆けつけましたところ、非常に呼吸が荒く、目は開いているんですが、天井を見つめている状態でした。“お父さん”と声を掛けても反応はありませんでしたが、しばらく便秘で悩んでいて、お腹をなんとなく抑えていたので、そこをさすりながら声を掛けていました。そのあと介護士さんと身体を綺麗にしたりして、横で悩めていましたが、相変わらず苦しそうだったので、顔や頭に手を触れてみました、そうするうちに荒い呼吸が収まってきまして、これは少し大人しく眠ってくれるかなと思いましたが、そのまま呼吸がすーっと収まって、本当に、あっという間に息を引き取った感じでした。

がんはとても痛いと聞いた父は非常に怖がっていたので、そういう意味では痛みをそこまで感じないうちにスーッと安らかに息を引き取ったので、息子としてはそれで良かったのかなと思います。一週間前までは、毎日一度は起き上がって1時間、2時間、机に向かっていました。ただ、それがいっぱいいっぱいで、あとはほとんど寝ていて、仕事中、食事中以外はコミュニケーションを取るのもなかなか難しい状況でした。父らしい最期とはどういうものなんだろうと臨んでいましたが、安らかに息を引き取ってくれたので、我ら家族としては、それで良かったのかなと思っています」。(ABEMA NEWS

伸晃氏「よく闘い、頑張った」、良純氏「僕らも頑張っていかなければ」、宏高氏「目指すべき政治家の先輩」、延啓氏「安らかに息を引き取ってくれた」…“石原四兄弟”が揃ってコメント

(出典 news.nicovideo.jp)

石原慎太郎は父の勤務につれてあちこちで育ったが、血脈は広島である。石原も躁鬱気質の典型的な広島県人」と論じている。 ^ 佐野眞一は、「ちなみに一橋大には商学部、経済学部、法学部、社会学部の四学部があり、入学試験は第二志望まで希望することができた。慎太郎
215キロバイト (29,623 語) - 2022年2月1日 (火) 07:53
良くも悪くも自分の意見をはっきり言えて素晴らしい人物だったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。

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